
【がん免疫療法の進化】第一世代から第五世代の戦略と免疫機構を網羅|がん治療の未来を読み解く
がん治療は今、大きな転換点を迎えています。従来の手術・化学療法・放射線療法に代わり、患者自身の免疫力を活かした「がん免疫療法」が新たな選択肢として急速に台頭しています。免疫という自己防衛機構を巧みに操ることで、がん細胞を標的とし排除するこの革新的治療法は、がんの種類や進行度にかかわらず治療の可能性を大きく広げています。
本記事では、がん免疫療法の第一世代から第五世代までを体系的に整理し、それぞれの世代における免疫応答機構と治療戦略の進化を網羅的に解説します。非特異的な免疫刺激から始まり、遺伝子改変やネオアンチゲン標的療法に至るまで、各技術の理論的・技術的進化を正確に把握することで、現代のがん治療がどのように変貌してきたのかを理解できるでしょう。
がん免疫療法は単なる治療法の一形態ではなく、がんそのものの捉え方を変える医療パラダイムの変革です。未来のがん治療において、どのように個別化・最適化された免疫戦略が活用されていくのか、その全貌を本稿を通じて明らかにしていきます。
がん免疫療法における五世代の治療戦略と免疫応答機構の体系的整理
本章では、がん免疫療法を第一世代から第五世代までに分類し、各世代の治療戦略と作用機序について、具体的な臨床応用を踏まえて体系的に紹介します。
さらに、第一世代の非特異的免疫刺激療法から、第二世代の体外活性化免疫療法、第三世代の免疫チェックポイント阻害、第四世代の遺伝子改変免疫療法、第五世代の個別化免疫療法・がん種非依存免疫療法に至るまで、各世代の治療思想と具体的なアプローチを通じ、がん免疫療法が世代を重ね今なお進化し続けている様を解説します。
第一世代:非特異的免疫刺激型がん免疫療法
第一世代のがん免疫療法は、がん細胞を直接標的とするのではなく、患者自身の免疫システム全体を活性化させることを目的とした治療法です。このアプローチでは、自然免疫系を主に刺激することで、免疫全体の応答力を高め、がん細胞の排除を目指します。こうした戦略は、20世紀初頭に提唱された古典的な免疫理論に基づいています。
中心的な役割を果たすのは、Toll様受容体(TLR)と呼ばれる自然免疫のセンサーです。これらの受容体が活性化されることで、炎症性サイトカインの分泌が促され、抗原提示に関与する樹状細胞が成熟します。その結果、獲得免疫が誘導され、がん細胞に対する免疫応答が強化されます。ただし、がんに特異的な抗原を標的としないため、治療効果の選択性や副作用の制御には限界があるとされています(J Mol Med 84, 712–725 (2006):出典解説1)。
非特異的免疫刺激型がん免疫療法の臨床応用例
非特異的免疫刺激型の免疫療法は、がん治療の基盤を築いた治療戦略の一つです。複数のがん種に応用されており、免疫の基本メカニズムを応用した実績あるアプローチとして注目されています。以下に、主要な治療法ごとの作用機序と臨床での実際を紹介します。
サイトカイン療法(IL-2、IFN-α)
- 作用機序:IL-2(インターロイキン-2)はT細胞およびNK細胞を活性化し、IL-2Rβγ経由でSTAT5シグナル伝達経路を刺激します。IFN-α(インターフェロン-α)はJAK-STAT1/2経路を介して、がん抑制遺伝子の発現促進や抗原提示能の強化に関与します(J Immunol (2020) 205 (7): 1721–1730:出典解説2)。
- メリット:複数のがん種に使用可能で、治療方針の柔軟性が高いことが特長です。
- デメリット:高用量での使用が求められることが多く、肺水腫や低血圧、神経障害といった重篤な副作用が生じることがあります。治療関連死亡率は1〜4%と報告されており、安全な運用には高度な管理体制が必要です。
- 奏効率:進行性腎細胞がんにおいて、完全寛解は5〜9%、全体の奏効率は12〜20%とされています。
- 保険適用:あり(適用症は医療機関で確認できます)。
- 製品名:セロイク注射用(一般名:セルモロイキン)、イムネース注35(一般名:テセロイキン)、スミフェロン注DS(天然型インターフェロンα製剤)、イントロンA注射用(一般名:インターフェロン アルファ-2b)、オーアイエフ(一般名:インターフェロン アルファ)。
※奏効率:本記事では、がんの進行停止・部分寛解・完全寛解を包括して奏効率と表現しています。
BCGワクチン
- 作用機序:BCG(Bacillus Calmette-Guérin:バチルス・カルメット・ゲラン)はマクロファージや樹状細胞を活性化し、TLR2やNOD2を通じて免疫系を刺激します。これにより、膀胱内に局在するがん細胞に対する局所的な免疫応答が誘導されます(Proc Natl Acad Sci. 2012 Oct 23;109(43):17537-42:出典解説3)。
- メリット:特に表在性膀胱がんにおいて再発を予防する目的で高い効果を示しており、世界的にも標準治療の一つとされています。
- デメリット:副作用として膀胱炎、頻尿、発熱、血尿があり、まれにBCG敗血症のような重篤な合併症も報告されています。未治療の場合の再発率は約52%、高リスク群では最大40%に達する可能性があります。
- 奏効率:治療により5年後の再発率は約20%に抑えられるとされ、奏効率は60〜70%と報告されています。
- 保険適用:あり(適用症は医療機関で確認できます)。
- 製品名:イムノブラダー膀注用80mg、イムノブラダー膀注用40mg。
OK-432
- 作用機序:Streptococcus pyogenes由来の製剤であるOK-432(オーケー432)は、TLR4-MD2経路を通じて免疫細胞を活性化させます。この過程でIL-12やIL-6が分泌され、Th1型免疫が誘導されることで、がん細胞への攻撃が促進されます(J Immunol . 1997 Jun 15;158(12):5619-26:出典解説4)。
- メリット:免疫化学療法との併用により、胃がん患者において5年生存率が51.2%まで向上したという報告があります(化学療法単独群では43.7%)。
- デメリット:発熱、倦怠感、炎症性サイトカインの過剰分泌といった副作用がみられることがあります。
- 奏効率:併用療法での生存率改善は確認されていますが、単独使用における有効性については統計的に明確な根拠が不足しています。
- 保険適用:あり(適用症は医療機関で確認できます)。
- 製品名:ピシバニール注射用1KE、ピシバニール注射用5KE。
HSPワクチン
- 作用機序:HSP(Heat Shock Protein:ヒートショックプロテイン)は腫瘍抗原と結合し、CD91やScavenger receptor Aを介して抗原提示細胞に取り込まれます。その結果、T細胞が活性化され、がん細胞に対する特異的な免疫応答が誘導されます(Trends Immunol . 2022 May;43(5):404-413:出典解説5)。
- メリット:患者ごとの腫瘍抗原に基づいた個別化がん治療が可能であり、標的型治療としての発展が期待されています。
- デメリット:製造は個別対応が必要なため標準化が困難であり、大量生産やコスト面での課題が依然として残されています。
- 奏効率:Glioblastoma(膠芽腫)における初期臨床試験では有望な反応が確認されていますが、統計的有意性を確保した大規模臨床試験の実施が今後の課題とされています。
- 保険適用:なし(自由診療あり)。
- 製品名:国内承認製品なし。
Coley’s toxin(コーリーズトキシン:細菌抽出物)
- 作用機序:複数の細菌由来成分がTLRを刺激し、TNF-α、IL-1β、IFN-γなどの炎症性サイトカインを誘導します。これにより、全体的な免疫反応が活性化され、がん細胞の排除が試みられます(Cytokine Growth Factor Rev . 2009 Aug;20(4):271-81)。
- メリット:近代のがん免疫療法の先駆けとして歴史的に重要な役割を果たし、免疫刺激によるがん治療という概念の原点とされています。
- デメリット:治療法としての標準化が行われておらず、再現性や安全性に課題が多いため、現代の医療基準には適合していないとされています。
- 奏効率:近代的な臨床試験による裏付けはなく、治療成績は歴史的な症例報告に基づくものにとどまっています。
- 保険適用:なし。
- 製品名:国内承認製品なし。
第二世代:体外活性化免疫細胞型がん免疫療法
第二世代のがん免疫療法では、患者自身の免疫細胞を一旦体外に取り出し、活性化・増強してから再び体内に戻すという戦略が採用されています。この方法は、がん細胞に対する攻撃力を高めつつ、治療の精度と安全性を向上させることを目指しています。
がん免疫治療の進化の中でも、この体外活性化型アプローチは、より個別化された医療を実現する手段として注目されています。しかしながら、製造の煩雑さ、コスト負担の大きさ、免疫細胞の品質管理や活性の維持など、いくつかの技術的課題も抱えています。特に、治療後の細胞生着性や機能低下(免疫細胞の疲弊)に関する研究は、臨床応用のさらなる拡大に向けて重要な鍵を握っています(J Cancer. 2007 Dec 15;121(12):2585-90)。また、T細胞疲弊や免疫チェックポイント分子(PD-1, CTLA-4など)の発現が治療効果を制限する可能性があり、これらを標的とした併用戦略が提案されています。
また、樹状細胞ワクチンに関しては、抗原提示能力の向上や細胞成熟度の最適化を目指した技術開発が活発に進行しており、複数の免疫細胞を組み合わせた複合免疫療法との併用によるシナジー効果も期待されています(Biomed Pharmacother. 2023 Aug:164:114954)。
体外活性化型免疫細胞型がん免疫療法の臨床応用例
体外活性化型免疫細胞型がん免疫療法には、様々な治療法が存在し、それぞれが異なる免疫メカニズムや治療設計に基づいています。ここでは代表的な6つの治療法について、その作用機序、利点、課題、奏効率、保険適用状況、製品名などを具体的に解説します。これらのアプローチはすべて研究開発段階を含み、科学的エビデンスの積み上げが継続的に求められる分野です。
LAK療法
- 作用機序:IL-2で活性化したリンパ球を体内へ戻すことで、腫瘍細胞を直接攻撃します。LAK細胞(Lymphokine-Activated Killer cells:エルエーケー細胞)は非特異的なリンパ球であり、腫瘍の免疫原性に依存した作用を示します(J Exp Med. 1982 Jun 1;155(6):1823-41)。
- メリット:比較的簡便なプロトコルで、即効性が期待できます。
- デメリット:高用量IL-2の使用が必要であり、毛細血管漏出症候群などの重篤な副作用リスクがあります。また、治療効果の持続性が短く、再発リスクも高いと報告されています。
- 奏効率(がんの進行停止・部分寛解・完全寛解):約15〜20%です(進行性腎細胞がんなど)。
- 保険適用:なし(自由診療あり)。
- 製品名:国内承認製品なし。
ANK療法
- 作用機序:体外で選択的に増殖・活性化されたNK細胞が、MHC非依存的にがん細胞を攻撃します。小規模な報告では一部が効果を示したとされますが、その多くは強いバイアスや症例選択の可能性が指摘されています(Cancer Med J. 2023;6(1):30-36. Epub 2022 Sep 13)。
- メリット:副作用が少なく、再発予防にも効果が期待されるとされています。
- デメリット:NK細胞の活性の維持と細胞数の制御が難しく、治療効果には個体差が大きく影響します。加えて、体内での生着率が低く、免疫抑制環境に晒されることで効果が失われやすいという構造的な限界が指摘されています。
- 奏効率(がんの進行停止・部分寛解・完全寛解):20〜30%です(小規模試験による報告)。ただし、統計的再現性に乏しく、科学的信頼性には大きな疑義があります。現在のエビデンスでは、一般のがん治療として推奨できるレベルには至っていません(出典推奨)。
- 保険適用:なし(自由診療あり)。
- 製品名:国内承認製品なし。
αβT細胞療法
- 作用機序:腫瘍抗原に特異的なαβT細胞を体外で選別・増殖し、患者体内に再導入することで、がん細胞に対する特異的な免疫応答を引き起こします(Cancer Med. 2020 Jun 11;9(14):4907–4917)。
- メリット:T細胞受容体(TCR)の抗原特異性により高い選択性が得られ、細胞障害活性も強力です。TCR-T細胞技術と連携し、固形がんへの応用も進んでいます。
- デメリット:HLA型に依存しており、HLA不一致の患者には適用が難しいという制限があります。また、T細胞疲弊やPD-1の過剰発現が治療効果を妨げる可能性があります。
- 奏効率:研究段階にあり、一部のがん種では有望な結果が報告されていますが、広範なエビデンスはまだ確立されていません。
- 保険適用:なし(自由診療あり)。
- 製品名:国内承認製品なし。
γδT細胞療法
- 作用機序:γδT細胞は、MHC非依存的にストレス誘導分子やホスホ抗原を介してがん細胞を攻撃します。免疫応答の橋渡し役として注目されています(Front Immunol. 2021 Oct 8;12:727046)。
- メリット:HLAに依存しないため、幅広い患者に適用可能です。Vγ9Vδ2細胞は急性の反応を担い、Vδ1細胞は持続的な免疫応答に関与するとされています。
- デメリット:腫瘍微小環境の免疫抑制因子に影響されやすく、活性維持が困難です。PD-1の発現により機能が低下することがあり、免疫チェックポイント阻害剤との併用が検討されています。
- 奏効率:おおよそ25%前後との報告がありますが、臨床試験規模が小さく、統計的信頼性には限界があります。
- 保険適用:なし(自由診療あり)。
- 製品名:国内承認製品なし。
樹状細胞(DC)ワクチン療法
- 作用機序:腫瘍抗原を取り込ませた樹状細胞が、T細胞に抗原提示を行い、抗腫瘍性の免疫応答を誘導します。特にcDC1はCD8+T細胞に抗原提示するクロスプレゼンテーション能力を持ちます(Expert Rev Vaccines. 2013 Mar;12(3):285-95)。
- メリット:抗原特異性と免疫記憶の誘導が可能であり、CD103+ cDC1などの特殊なサブタイプも応用が期待されています。
- デメリット:抗原ロード方法や成熟誘導法、投与スケジュールにより結果がばらつき、治療標準化が困難です。さらに、がん抑制性サイトカイン(IL-10、TGF-βなど)の影響を受けやすいです。
- 奏効率:Sipuleucel-Tによる前立腺がん治療において20〜30%程度の奏効率が報告されています。
- 保険適用:なし(自由診療あり)。
- 製品名:国内承認製品なし。
6種複合免疫療法
- 作用機序:T細胞、NK細胞、NKT細胞、γδT細胞、樹状細胞、マクロファージなどを組み合わせ、腫瘍に対して多面的な免疫活性化を誘導します(Ann Oncol. 2012 Sep;23(Suppl 8):viii41–viii46)。
- メリット:がん免疫逃避メカニズムへの多角的対応が可能であり、免疫チェックポイント阻害剤との併用による相乗効果も期待されています。
- デメリット:細胞間の相互作用設計が非常に複雑で、再現性や副作用管理、フェノタイプの競合など多くの技術的課題があります。
- 奏効率:統計的に有意なデータは存在しておらず、大規模臨床試験による裏付けが求められています。
- 保険適用:なし(自由診療あり)。
- 製品名:国内承認製品なし。
第三世代:免疫チェックポイント阻害型がん免疫療法
がん治療の進化とともに注目されているのが、第三世代のがん免疫療法です。その中でも、免疫チェックポイント阻害療法は、免疫の働きを活性化させてがん細胞を攻撃する革新的な治療法として、高い関心を集めています。これは、がん細胞が免疫の攻撃を逃れるために活用している制御機構を標的とし、その抑制機能を解除することで、免疫系を本来の状態に戻すことを目指すものです。
主な標的分子には、PD-1、PD-L1、CTLA-4があり、これらの免疫抑制性経路を遮断することで、T細胞の抗腫瘍作用を再活性化させます。さらに、LAG-3、TIGIT、TIM-3、NKG2Aなどの次世代チェックポイント分子に対しても、多重標的化による新たながん免疫治療法の開発が進行しています(Pharmacotherapy. 2015 Oct;35(10):963-76)。
免疫チェックポイント阻害型がん免疫療法の臨床応用例
免疫チェックポイント阻害療法は、従来のがん治療と異なり、患者の免疫機能を利用してがん細胞を排除するという独自のアプローチを採用しています。個別のがん種や患者の免疫環境に応じて治療戦略を選択できる点から、個別化医療の観点でも注目される選択肢です。ここでは代表的な免疫チェックポイント阻害剤と、その臨床効果や特徴について解説します。
PD-1阻害剤(ニボルマブ、ペムブロリズマブ)
- 作用機序:PD-1はT細胞上に発現する免疫抑制性受容体であり、がん細胞はこれを利用して免疫からの攻撃を回避しています。PD-1を阻害することでT細胞が再活性化され、がん細胞への攻撃が促されます。
- 臨床効果:非小細胞肺がんにおいて、ニボルマブは化学療法よりも全生存期間を延ばし、1年生存率は51%に達しています。ペムブロリズマブでは、6か月時点での生存率が80.2%という高い数値が示されています()。
- メリット:肺がん、腎細胞がん、悪性黒色腫など複数のがん種で高い有効性を示しており、多くの症例で保険適用されています。
- デメリット:自己免疫性の炎症や臓器への影響など、免疫関連有害事象(irAEs)が報告されており、慎重な経過観察が必要です。
- 奏効率:悪性黒色腫で約40%、非小細胞肺がんでは20〜30%程度とされています。
- 保険適用:あり(適用症は医療機関で確認できます)。
- 製品名:オプジーボ(ニボルマブ)、キイトルーダ(ペムブロリズマブ)。
PD-L1阻害剤(アテゾリズマブ、デュルバルマブ)
- 作用機序:PD-L1はがん細胞や免疫抑制に関与する細胞に発現し、T細胞上のPD-1と結合することで免疫応答を抑制します。PD-L1を阻害することでT細胞の抗腫瘍活性が回復し、免疫によるがん細胞の排除が可能になります。
- 臨床効果:アテゾリズマブは、非小細胞肺がんにおいて化学療法と比較して奏効率(ORR)を25.87%に改善しました。また、デュルバルマブはPACIFIC試験によりステージIII非小細胞肺がんに対する有効性が実証されています(Clin Cancer Res. 2017 Apr 15;23(8):1886-1890、Drugs. 2017 Jul;77(10):1077-1089)。
- メリット:肺がん、膀胱がん、乳がんなど幅広いがん種に適用され、バイオマーカー(PD-L1発現)に基づく治療選択が可能です。
- デメリット:PD-L1の発現量や免疫環境の違いにより、治療効果に個人差が大きく、効果予測の精度向上が今後の課題です。
- 奏効率:膀胱がんで15〜25%、非小細胞肺がんで20〜30%が報告されています。
- 保険適用:あり(適用症は医療機関で確認できます)。
- 製品名:テセントリク(アテゾリズマブ)、イミフィンジ(デュルバルマブ)。
CTLA-4阻害剤(イピリムマブ)
- 作用機序:CTLA-4はT細胞が抗原提示細胞から活性化シグナルを受ける初期段階でブレーキをかける抑制性受容体であり、これを阻害することで免疫応答が強化されます。
- 臨床効果:進行性悪性黒色腫において、イピリムマブは全生存期間を延長し、3年生存率を約22%に向上させました(J Skin Cancer. 2013:2013:423829、N Engl J Med. 2010 Aug 19;363(8):711-23))。また、ニボルマブとの併用療法ではさらに生存率が改善されることが示されています。
- メリット:悪性黒色腫に対する長期生存の可能性が報告されており、免疫治療の中でも重要な役割を果たします。
- デメリット:重篤なirAEsが比較的高頻度で発生するため、患者の状態を厳密に管理する必要があります。
- 奏効率(がんの進行停止・部分寛解・完全寛解):悪性黒色腫で約11〜15%です(ただし長期生存例あり)。
- 保険適用:あり(適用症は医療機関で確認できます)。
- 製品名:ヤーボイ(イピリムマブ)。
NKG2A阻害剤
- 作用機序:NKG2AはT細胞およびNK細胞に発現し、HLA-Eとの結合によってこれらの細胞の細胞障害活性を抑制するブレーキ分子です。これを遮断することで抗腫瘍免疫が回復します。
- 臨床効果:モナリズマブ(Monalizumab)は、頭頸部扁平上皮がんや結腸直腸がんにおいて、セツキシマブとの併用で前臨床および第I/II相試験において奏効率約30%、疾患制御率85%が報告されています(Annalsofoncology Volume 32, Supplement 7S1432December 2021、Journal of Clinical Oncology 38(15_suppl):6516-6516)。
- メリット:従来の免疫チェックポイント阻害剤が無効な症例に対する新たな選択肢となります。
- デメリット:現在は第I/II相の臨床試験段階であり、安全性と有効性のデータが限られています。
- 奏効率(がんの進行停止・部分寛解・完全寛解):明確なエビデンスは存在せず、予備的報告のみです。
- 保険適用:保険未承認です(開発中の治療法です)。
LAG-3、TIGIT、TIM-3阻害剤
- 作用機序:これらはT細胞機能を制御する新たな免疫チェックポイントであり、各経路の阻害によってがん免疫応答の強化が期待されます。
- 臨床効果:LAG-3、TIGIT、TIM-3を標的とした阻害剤は、前臨床試験および初期の臨床試験(第I/II相)において、T細胞機能の回復と腫瘍進行の抑制を示しています。LAG-3に対する代表的阻害剤としてリラトリマブ(relatlimab)が開発されています(J Hematol Oncol. 2023 Sep 5;16(1):101、Mol Cancer. 2023 Jun 8;22(1):93)。
- メリット:既存のPD-1/PD-L1阻害療法に対する耐性がんに対する新しいアプローチとなります。
- デメリット:副作用の発現や、最適な標的選定に関する課題が残されています。
- 奏効率(がんの進行停止・部分寛解・完全寛解):有効性のエビデンスはなく、臨床試験段階の報告にとどまります。
- 保険適用:なし。
- 製品名:国内承認製品なし。
第四世代:遺伝子改変免疫細胞型がん免疫療法
がん免疫療法の進展の中で、第四世代は特に注目されています。これは、患者自身の免疫細胞に遺伝子改変を加えることで、がん細胞をより正確かつ強力に攻撃できるようにした次世代型の治療アプローチです。この技術革新により、従来の治療法では効果が限定的だった難治性がんにも、新たな治療の選択肢が生まれています。
この療法では、免疫細胞の表面受容体を人工的に再設計することにより、がん特有の抗原を識別し、より高い精度で攻撃を加えることが可能となります。標的抗原の選定に柔軟性があるため、個々の腫瘍特性に応じた個別化医療の実現が期待されています。以下に代表的な遺伝子改変型免疫細胞療法の種類とその臨床的応用例を紹介します。
遺伝子改変型免疫細胞型がん免疫療法の臨床応用例
改変免疫細胞を用いたがん治療は、単なる細胞移植ではなく、細胞自体の機能を分子レベルで強化する点が特徴です。各治療法は異なるメカニズムや適応条件を持ち、がん種や進行度に応じて適切に選択される必要があります。以下、主要な療法を順に解説します。
CAR-T細胞療法
- 作用機序:T細胞にキメラ抗原受容体(CAR)を遺伝子導入することで、特定のがん抗原を直接認識・攻撃できるよう設計されます。CARは抗体由来の認識ドメインとT細胞活性化ドメインを組み合わせた構造を持ちます。
- 臨床効果:B細胞性白血病や悪性リンパ腫では高い治療効果が認められており、完全寛解に至る例も多数報告されています(Front Immunol. 2023 Feb 20;14:1101495)。ただし、効果には個人差があり、患者背景や疾患の状態によってばらつきがあります。
- メリット:再発・難治性の血液がんに対して、従来治療を上回る効果を示すことが多く、すでにいくつかの製剤が承認・実用化されています。
- デメリット:サイトカイン放出症候群(CRS:70〜90%発症、うち重度10〜20%)やICANS(20〜50%、重度15〜30%)といった免疫関連有害事象の発症リスクがあり、集中管理体制が不可欠です(出典推奨)。
- 奏効率:急性リンパ性白血病では完全寛解率が40〜54%、B細胞性非ホジキンリンパ腫では部分・完全寛解を含め最大70%の奏効率が示されていますが、これらは特定条件下で得られた数値であることに留意が必要です(出典推奨)。
- 保険適用:保険適用:あり(適用症は医療機関で確認できます)。
- 製品名:キムリア(チサゲンレクルユーセル)、イエスカルタ(アキシカブタゲン シロルユーセル)、ブレヤンジ(リソカブタゲン マラルユーセル)、アベクマ(イデカブタゲン ビクルユーセル)、カービクティ(シルタカブタゲン オートルユーセル)。
TCR-T細胞療法
- 作用機序:HLA分子上で提示されるがん抗原に特異的なT細胞受容体(TCR)を導入し、がん細胞を内因性の抗原まで含めて認識・攻撃できるようにします。細胞内抗原にも対応可能です。
- 臨床効果:MAGE-A3、NY-ESO-1などを標的とした研究で臨床効果が報告されています(N Engl J Med. 2022 Aug 11;387(6):573)。固形がんへの応用が期待されており、治験が進行中です。
- メリット:固形腫瘍への適応が視野に入りつつあり、特異性の高い抗原を標的とできることで、副作用を低減する工夫が進んでいます。
- デメリット:HLA型依存性があるため全患者に適用できるわけではなく、非標的組織攻撃による中枢神経障害や肝・肺などの毒性報告もあります。
- 奏効率:MAGE-A3標的療法では奏効率約25.3%とされていますが、これは部分寛解や病勢安定を含む数値であり、効果の評価には慎重な判断が求められます。
- 保険適用:なし。
- 製品名:国内承認製品なし。
TIL療法
- 作用機序:腫瘍組織から採取した腫瘍浸潤リンパ球を体外で増殖し、再注入することで抗腫瘍免疫を強化します。自然免疫の応答を強化するアプローチです。
- 臨床効果:悪性黒色腫で28〜32%の奏効率が確認されており、条件によっては50%近いデータもあります。ただし、治療前のリンパ球除去法やIL-2の使用条件が奏効に大きく影響します(Crit Rev Oncol Hematol. 2025 Feb 18:209:104671)。
- メリット:自己由来細胞のため適合性が高く、理論上は副作用リスクが比較的低い点が挙げられます。
- デメリット:腫瘍組織の外科的採取が必要で、細胞の増殖に2〜4週間かかるなど、患者の体調管理と技術的対応が求められます。高用量IL-2使用に伴う有害事象も課題です。
- 奏効率:奏効率は28〜32%、一部で50%を超える報告もあるが、個々の治療条件による差が大きいため、実際の適応では慎重な評価が求められます。
- 保険適用:なし(自由診療あり)。
- 製品名:国内承認製品なし。
CAR-NK細胞療法
- 作用機序:自然免疫に関与するナチュラルキラー(NK)細胞にキメラ抗原受容体(CAR)を導入することで、がん抗原を標的とした殺傷活性を高めます。T細胞とは異なる機構で腫瘍細胞を攻撃します。
- 臨床効果:CD19陽性血液がんを対象とした試験では、奏効率約50%前後の結果が報告されていますが、対象症例が限定的であり、固形腫瘍への応用については臨床的エビデンスが乏しい段階です(J Hematol Oncol. 2021 May 1;14(1):73)。
- メリット:CAR-Tと比較してCRSやICANSのリスクが極めて低いことが特徴であり、これはNK細胞がT細胞に比べてサイトカイン分泌が抑制的であることや、自己細胞ではないターゲットに対する反応性が異なることに起因します。
- デメリット:NK細胞は体内での長期増殖・生存能力が低く、持続的な抗腫瘍効果を得るには工夫が必要です。また、製造や標準化にも課題があります。
- 奏効率:CD19陽性血液がんに対する奏効率は約50%とされますが、限定的な条件下のデータであり、固形がんでは有効性が確立されていません。
- 保険適用:なし。
- 製品名:国内承認製品なし。
第五世代:ネオアンチゲン標的型・がん種非依存型がん免疫療法
がん免疫療法の進化は、単なる治療技術の進歩にとどまらず、がんそのものの捉え方を変えつつあります。特に、第五世代のがん免疫療法は、患者個々の遺伝子情報に基づく個別化アプローチと、がんの種類に依存しない治療戦略の融合を特徴としています。
この世代の中心にあるのが「ネオアンチゲン」と呼ばれる新規抗原です。これはがん細胞固有の遺伝子変異によって生じるもので、正常な細胞には存在しません。そのため、免疫細胞ががんを高い精度で認識・攻撃できるようになります。同時に、がん種に依存しない免疫療法の開発も進んでおり、幅広いがん種への対応が可能となっています。
ネオアンチゲン標的型・がん種非依存型がん免疫療法の臨床応用例
がんの個別性と普遍性を融合したこれらの治療法は、今後のがん治療の中核を担う可能性を秘めています。免疫の仕組みを利用し、がん細胞を標的とすることで、副作用を最小限に抑えながらも治療効果を最大限に引き出すことが期待されます。以下に、現在注目されている代表的な治療法を紹介します。
ネオアンチゲンペプチドワクチン
- 作用機序:患者ごとに特定されたネオアンチゲンをペプチドとして人工的に合成し、体内に投与します。これにより、抗原提示細胞がネオアンチゲンを認識し、T細胞を活性化させることで、腫瘍に対する特異的な免疫応答を誘導します。
- 臨床効果:悪性黒色腫や膵臓がんなどを対象とした初期臨床試験において、T細胞による免疫応答の誘導が確認されており、黒色腫の症例では約60%の免疫応答率が報告されています(Cancer Biol Med. 2023 Dec 29;21(4):274–311)。ただし、免疫応答が確認されても腫瘍縮小が必ずしも得られるとは限りません。
- メリット:患者固有のがん変異に基づく高い特異性を持ち、副作用のリスクが比較的低い点が強みです。
- デメリット:完全オーダーメイドであるため、製造に時間とコストがかかり、すぐに投与できないケースがあります。
- 奏効率:腫瘍縮小(奏効)を示した症例は限定的であり、全体としては明確な臨床的有効性の裏付けが不足しています。
- 保険適用:なし(自由診療あり)。
- 製品名:国内承認製品なし。
ネオアンチゲンペプチド活性化T細胞療法
- 作用機序:ネオアンチゲンに反応するT細胞を患者の体内外から選別し、増殖させた上で再び体内へ戻すことで、がん細胞を直接攻撃します。これは、患者固有のがん免疫を再構築するアプローチです。
- 臨床効果:文献によると、免疫応答率は20〜40%程度と報告されており、T細胞の応答性は一定程度確認されています(Biomed Pharmacother. 2023 Dec 31:169:115928)。
- メリット:がん細胞に対する選択性が高く、理論上は長期的ながん抑制が可能です。
- デメリット:T細胞の取得から増殖・投与までに高度な技術が必要で、治療の実用性には課題が残ります。また、TCR-T療法やTIL療法との混同を避ける必要があります。
- 奏効率:現在のところ、明確な奏効率(腫瘍の縮小を示すデータ)は限られており、免疫応答と臨床的効果とは分けて評価する必要があります。
- 保険適用:なし(自由診療あり)。
- 製品名:国内承認製品なし。
ネオアンチゲンmRNAワクチン
- 作用機序:ネオアンチゲンをコードしたmRNAを脂質ナノ粒子に封入し体内に投与することで、抗原が体内で産生され、免疫系を刺激します。この仕組みにより、がん細胞を攻撃するT細胞の誘導が期待されます。
- 臨床効果:悪性黒色腫や膵臓がんを対象とした初期臨床試験で、免疫応答の誘導が報告されており、免疫応答率は50%程度との初期データがあります(Nat Med. 2021 Jan 21;27(3):515–525)。ただし、免疫応答と実際の腫瘍縮小は必ずしも一致しません。
- メリット:迅速な設計・製造が可能で、パンデミック時のmRNAワクチン開発経験も活かされつつあります。
- デメリット:抗原の発現量や持続時間が課題となる場合があり、長期的な治療効果についてはさらなる研究が必要です。
- 奏効率:明確な腫瘍縮小のエビデンスはまだ限定的であり、奏効率の確定には至っていません。
- 保険適用:なし。
- 製品名:国内承認製品なし。
NKT細胞標的治療
- 作用機序:NKT細胞は、脂質抗原に反応する独自のT細胞であり、抗原提示細胞や他の免疫細胞と連携してがん細胞を排除する役割を担います。特にCXCL16というケモカインへの応答性を活かして、がん局所への集積性が高く、がん種に依存しない治療戦略として期待されています。
- 臨床効果:千葉大学による医師主導型第II相試験では、非小細胞肺がん患者において平均生存期間が18.6か月、高IFN-γ産生群では31.9か月の延命効果が認められました。また、頭頸部がんの症例では10例全例で有効性が示されています(J Immunother Cancer. 2020 Mar;8(1):e000316、Clin Immunol. 2011 Aug;140(2):167-76)。
- メリット:自然免疫と獲得免疫の連携を活かし、複数のがん種に対応できる点、そして副作用が比較的少ないことが特徴です。
- デメリット:現在は自由診療で提供されており、治療費や提供施設の制限が導入拡大の障壁となっています。
- 奏効率:臨床報告では、50%以上の奏効率が示されており、免疫活性が高い患者群ではより良好な効果が確認されています。
- 保険適用:なし(自由診療あり)。※先進医療Bとして提供されていましたが、現在はその期間を終了し、自由診療として継続中です。
- 製品名:国内承認製品なし。
総括|がん免疫療法の進化と最前線:治療戦略の世代別解説
がん免疫療法は、従来のがん治療に新たな選択肢をもたらす治療法として注目されています。患者自身の免疫システムを利用し、がん細胞を排除するこのアプローチは、副作用を最小限に抑えながら治療効果を高める可能性を秘めています。
本稿では、がん免疫療法の進化を五つの世代に分けて解説し、それぞれの治療戦略や免疫メカニズム、臨床応用の実例を体系的に紹介します。まず第一世代では、IL-2やBCGワクチンなどによる自然免疫の非特異的な活性化を通じて、がん細胞への免疫応答を促す方法が採用されました。この世代は、現代のがん免疫療法の基礎を築いた点で意義深いものです。
続く第二世代では、免疫細胞を体外で活性化・培養した後に再導入する治療法が導入され、より精密で個別化された治療が可能となりました。これにより、免疫の標的精度とがんに対する攻撃力が向上し、治療の柔軟性も高まりました。
第三世代に入ると、PD-1やCTLA-4などの免疫チェックポイント分子に対する阻害剤が登場します。これらの分子は、がん細胞が免疫の働きを抑制するために利用している機構ですが、そのブレーキを解除することで、T細胞によるがん攻撃力を回復させる治療戦略が確立されました。
第四世代では、CAR-T細胞やTCR-T細胞など、遺伝子改変によって特定のがん抗原を精密に識別できる免疫細胞を用いる治療法が進化を遂げました。このアプローチは、特に血液がんにおいて高い奏効率を示しており、難治性のがん種に対しても新たな治療の可能性を提示しています。
そして第五世代では、ネオアンチゲンと呼ばれるがん細胞特有の変異に基づく抗原を標的とする免疫療法が開発され、個別化医療の実現に近づいています。また、NKT細胞標的治療は多様ながん種に対して有効性が報告されており、次世代のがん治療として大きな期待が寄せられています。
このように、がん免疫療法は免疫の仕組みを応用しながら進化を続けています。多様な治療戦略の中から、患者ごとのがんの特徴に応じた最適な選択肢を提供できるようになることで、今後のがん治療の在り方そのものが大きく変わる可能性を秘めています。
執筆者

- 中濵数理, Ph.D.
- 一般社団法人日本再生医療学会 正会員
- 特定非営利活動法人日本免疫学会 正会員
- 一般社団法人日本バイオマテリアル学会 正会員
- 公益社団法人高分子学会 正会員
- 一般社団法人日本スキンケア協会
顧問
- 沖縄再生医療センター(FA7230002) センター長
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